第8章 翼を得た少女
ジョージのお陰で恐怖と緊張から解放されたものの、身体の力が抜けたのか、思うように動かなかった。
ジョージが授業に戻ると、チユは医務室のベッドに横たわり、しばらく休むことにした。
深呼吸をし、心の中で自分を落ち着けようとしていると、静かな医務室の扉がそっと開かれた。
チユが反射的にそちらを見やると、そこには1人の少年が立っていた。ゼロ・グレインだ。
顔色は青白く、目の下にクマがくっきりと浮かんでいる。
「大丈夫…?」チユは思わず声をかけてしまった。
ゼロは、顔を上げてチユを見つめた。
彼の目はどこか虚ろで、調子が悪いのは明らかだ。
長い黒髪が乱れた姿がチユにはどこか妖艶に見えた。それは彼が普通の男子生徒とは一線を画すような雰囲気を持っているからだろうか。
息を呑むような美しさを感じる。
ゼロは少し頬をかきながら、弱々しく言った。
「あ、君は…さっきの、その、飛行訓練で?」
「え、あ、うん。さっき落ちそうになっちゃって」
チユは一瞬言葉を濁した。もちろん、同じ授業を受けていたのだから、彼もあの光景を見ていたはずだ。
間抜けな姿を見られたことが恥ずかしくて、顔が赤くなりそうだった。
少しの沈黙が続き、気まずい空気が流れる。
お互いに会話が苦手なのはどうやら共通しているらしい。
「マダム・ポンフリーならすぐ戻ると言って出て行ったよ。体調が悪いなら、横になって待っていたら?」
チユが少し気遣いながら提案すると、ゼロは軽く頷き、そのまま隣のベッドに腰を下ろした。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
ゼロは少し考えるように目を閉じてから、「君こそ、入学してから日に日にやつれているように見えるけど」と言った。その言葉に、チユは驚いた。
目で追っていたのは自分だけだと思っていたので、まさか自分も見られていたのかと恥ずかしくなった。
「えっと……私はチユ・クローバー」照れ隠しに名前を名乗る。
「知ってるよ、同じ寮じゃないか。それに、君ってちょっと有名だから」ゼロは軽く微笑んだ。「俺はゼロ・グレインだよ」
「知ってる、グレインこそ有名人だもん」
2人は、くすっと笑った。
その笑顔が少しだけお互いの緊張をほぐし、心の中で1歩近づいたような気がした。