第8章 翼を得た少女
「なにをボサッとしているのですか、箒の横に並びなさい。さあ早く」
飛行術の教師であるマダム・フーチが手を叩くと、すぐに全員が箒の横に並び始めた。チユも焦って箒の横に立つ。
「右手を箒の上に突き出して、上がれと言います」
彼女の指示に、生徒たちは皆一斉に「上がれ!」叫んだ。隣のハリーの手にはしっかりと箒が収まっていた。
だが、チユの箒はびくともしない。
「上がれ…!」
チユは焦りながらも、何度も念じるように叫んだ。周りの生徒たちは順調に箒を上げていくのに、彼女だけが取り残されたような気分になっている。
チユはさらに強く、何度も叫ぶ。それでも箒は微動だにせず、ますます焦りが募る。
チユはついに諦め、周囲が見ていない隙を見計らって素早く箒を手に取ると何食わぬ顔をした。
「ちょっと、チユ!」
その瞬間、ハリーの声が耳に飛び込んできた。
しまった、見られてしまった!
慌てて「大丈夫、心配いらない」と言わんばかりに、シーッと口元に手をやると、ハリーは不安げな顔をして黙った。
「私が3秒数えて笛を吹いたら、地面を強く蹴りなさい。そして2・3メートル上昇したら、すぐに降りてくる事。では……1、2――――」
チユは笛が鳴る前に焦りが先行し、強く地面を蹴ってしまう。
彼女の事だ、どうせちゃんと話を聞いていなかったのだろうとハリーとロンは思った。
実際、チユは完全に指示を聞き逃していたのだ。
マダム・フーチが大声で「戻ってきなさい!」と叫ぶが、できるならとっくにやっている。
箒は制御が効かず、まるで自分の意志を無視するかのように、どんどん高く上昇していく。
「どうしてこんなことに…!」
ひょっとして、ちゃんと「上がれ」と言って箒を手にしなかったからだろうか?
それとも、あの時、しっかりと指示を聞かなかったせいだろうか。チユは頭の中で繰り返し自分を責めながら、必死にバランスを取ろうとするが、どうしてもうまくいかない。
「お願い言うことを聞いて!」
ついに耐えきれなくなったチユは箒から真っ逆さまに落ちていった。周囲の生徒たちが声を上げ、驚きの表情で見守る中、チユは目をギュッと閉じた。
生徒たちの前では羽根を出す事も出来ない。
こんな間抜けな最期があるだろうかと考えながらチユは為す術なく目をギュッと閉じた。