第1章 空からの知らせ
小鳥のさえずりが、薄暗い墓地に柔らかく響く。
チユは重たい瞼をゆっくりとこすり目を覚ました。夜露で少し湿った石の上で眠っていたせいか、背中が少し痛い。
空を見上げると、薄紫色に染まり始めていた。
夜明け前の静寂が、不思議と心を落ち着かせる。
『月光の家』を半ば追い出される形で出てきてから、もう半月ほどが過ぎ、季節はもう春を迎えている。
外で暮らす事にも随分慣れてきた。
チユが選んだ住処は、魔法界の外れにある古い墓地だった。深い森に囲まれ、誰も近づかないこの場所を訪れるのは、小動物たちと、たまに掃除にくる老人だけ。
その老人は、異色の瞳を持つチユを天使か何かだと勘違いしているのか、手を合わせ、パンやお菓子をお供え物のようにして置いていくのだ。
そのお陰でなんとか生き延びている。
彼女は今日も街のゴミ箱から拾ってきた呪文の本を広げた。杖は持っていなかった為、森で見つけた枝を加工して自分で作ってみた。
驚くことに、それは見事に機能したのだ。
この森に来る前は何度も怖い目にあった、大人に連れ去られそうになったり、襲われそうになったり―。
だからこうして自分の身を守る為に強くならなくてはいけないのだ。
幸いなことに、チユには魔法の才能があったのか、本に書かれた呪文は驚くほど早く習得できた。
暴走する魔力に悩まされた孤児院での日々が、今では信じられないほどだ。
朝の練習に没頭していたその時、視界の端を白い光が走った。弾丸のように素早く飛ぶ白い梟が、チユの周りを2、3回旋回してから、苔むした石段の上に優雅に降り立った。
「可哀想に...」チユは思わず声を上げた。
白い羽は所々抜け落ち、カラスたちの攻撃を受けた跡が残っている。
それでも梟は凛として、嘴にしっかりと手紙を咥えていた。
「君、来る場所を間違えたんじゃない?」
チユが優しく話しかけると、梟はただ静かに彼女を見つめ返した。
動物に話しかける自分を少し恥ずかしく感じながらも、チユは慎重に手紙を受け取った。
黄ばんだ羊皮紙で作られた分厚い封筒。
そこには、チユの目を疑うような文字が躍っていた。
『Chiyu・Clover』彼女の名前が。
朝もやの中、チユの手の中で、その謎めいた手紙が柔らかく光を放っていた。