第17章 2つの顔を持つ男
『ならば――お前から消してやろう』
杖がこちらに向けられる。チユは目を見開いた。呪文の詠唱が迫る。
けれど、次の瞬間。
クィレルの手が、突如として痙攣し始めた。
「……あ、熱い……なぜだ…!?」
彼は腕を見下ろし、苦悶の声をあげた。
ハリーが、彼の腕に手を触れていた。
触れただけで、クィレルの皮膚が焼け焦げるように変色していく。
『やめろ! 離れろ!』
ヴォルデモートの怒声が響く。だが、クィレルの身体はもう支えを失い、崩れ落ちた。
チユは動けなかった。目の前で何が起きているのか、理解が追いつかない。
ただ、そこにあった“力”が、確かにクィレルを砕いた――その事実だけが胸に重く残った。
彼の体が倒れると同時に、部屋の空気がわずかに揺れた。
重苦しい気配が、一気に外へと引き剥がされていく。
――何かが、抜けた。
ハリーがその場に膝をついた。チユもようやく呼吸を取り戻し、彼の隣に身を寄せた。
「大丈夫……?」
「うん……たぶん」
互いに見る顔は、真っ青だった。
ふと、チユが振り返る。部屋の奥に、鏡が立っていた。
「あれ、鏡?」
鏡――それは、ただの鏡ではないと、魔法の気配が告げていた。見れば見るほど引き込まれるような、底知れない静けさがそこにあった。
「みぞの鏡だ……ダンブルドアが言ってた。心の奥にある、1番強い願いが映るって」
ハリーの言葉を聞きながら、チユはそっとその鏡に近づいた。
そのとき、耳元で、ぞっとするような声が囁く。
『まだ見えているぞ、クローバー』
チユは息をのんだ。周囲を見渡す――でも、ハリーは鏡をじっと見つめているだけだ。
「ハリー、いま…聞こえた?」
「え? 何が?」
ハリーは首をかしげる。
『私を倒した気でいるのか。だが、鏡は知っている。お前の中にも“力”への渇望があると』
「違う…」
チユは鏡の中の自分を睨んだ。映っているのは、杖を両手で抱きしめる自分。
その後ろに、黒く揺れる影。
「私は力がほしいんじゃない。誰かを、助けたいだけなのに……」
小さく、けれどはっきりと呟いた瞬間。
鏡の中のチユが、ふわりと宙から何かを受け取る仕草を見せた。
そのとき――現実のポケットに、温かな重みが落ちた。
手を入れて確かめると、そこには小さくて重みのある、“石”があった。