第17章 2つの顔を持つ男
「チユ、下がって」
ハリーが小声で言った。けれどチユは、ほんの少しだけ首を横に振った。
逃げられないと思った。逃げちゃいけないとも。
その瞬間――クィレルがゆっくりとターバンに手をかけ、ほどいていく。
布が地面に落ち、首の後ろから現れたのは、“顔”だった。
血の気のない皮膚に、潰れたような鼻筋。深くえぐれた瞳だけが、異様な光を放っている。
チユは息を呑んだ。
その目が、自分をまっすぐに見ていると気づいたとき、心臓が一度止まったように思えた。
『随分と、おびえているな』
その声は、クィレルの口からではなかった。背中の“顔”が、確かに喋っていた。
冷たい、乾いた声だった。
『だがその目……壊すには惜しい目だ』
チユの足は床に縫い付けられたように動かなかった。
声も出ない。目を逸らしたいのに、逸らせなかった。
「動け、チユ」
すぐ隣から、ハリーの声が聞こえた。
その手が、自分の手にそっと触れる。あたたかさがじんと伝わってきて、張りつめていた全身が少しだけ緩んだ。
クィレルが一歩、こちらに近づいてくる。
だがその動きは、まるで別の意志に引かれているかのようだった。
――操られてる。身体が、もう彼自身のものじゃない。
『石はどこだ』
ヴォルデモートの声が響く。
『誰が持っている?ポッターか――それとも、クローバーか』
「知らない」
チユは答えた。震える声だったけれど、それは本当のことだった。
すると、ハリーが一歩前に出て、まっすぐにクィレルを見返した。
「見つけたら、渡すと思う?」
その言葉に、クィレルの目がわずかに細められる。
「ならば……力づくで聞き出すまでだ」
その言葉と同時に、クィレルが杖を構えた。
その瞬間、クィレルが杖を振り上げた。
チユは反射的に構える。
「プロテゴ!」
精一杯の防御呪文。だが、魔力の衝突に吹き飛ばされ、背中から石床に叩きつけられた。
「チユ!」
ハリーが駆け寄ろうとするのを、クィレルが制するように杖を向ける。
「次はお前だ、ポッター」
視界がぼやける。痛みよりも、くやしさがにじむ。
自分は、何もできていない。
でも、まだ終わってない。
チユは起き上がろうと、腕に力を込めた。ふらつきながらも立ち上がり、ハリーの前に出る。
「やめて…ハリーには、触らせない」