第17章 2つの顔を持つ男
黒い炎を抜けた先は、静まり返った薄暗い石の部屋だった。空気が重く、ひんやりと肌にまとわりつく。
チユは、隣に立つハリーの背中越しに、部屋の中央に立つ人影を見つめた。
「スネイプじゃない」
小さな声で呟くと、その人影がゆっくりと振り向いた。
「クィレル先生……?」
信じられなかった。
教室ではいつもおどおどしていて、生徒の前ではまともに目も合わせられなかったあの先生が――今は、まるで別人のようだった。
「ようやく来たね、ポッター……それに、君も一緒とは驚きだよ、小さなお嬢さん」
クィレルは微笑んだ。けれどその笑みは、皮膚の下で蛇が這っているような不気味さを伴っていた。
チユはハリーの腕の裾をきゅっと掴んだ。足先から冷たさが這い上がってくるような感覚。
クィレルの視線が、自分に向けられた瞬間、心臓が小さく跳ねた。
「どうして……先生が?僕は、スネイプだとばかり……」
ハリーの声は困惑に揺れていた。
「セブルスか? 確かに、彼は疑われるにはうってつけだ。育ちすぎたコウモリのような男……おまけに、生徒にまで嫌われている。彼が疑われるよう、私は何もせずとも済んだ。可哀想な、臆病者のクィレル先生――そんな仮面をかぶっていれば、誰も真実に気付かない」
チユはその場に凍りついた。心のどこかで、先生であるクィレルに、わずかでも安心を感じていた自分がいたことが、今はひどく愚かに思えた。
「でも、スネイプは僕を殺そうとした!」
ハリーの声がわずかに上ずる。
「いや、違うさ。殺そうとしたのは私だ」
クィレルの声が、壁を這うように響く。
「あのクィディッチの試合で――ああ、忘れもしない。チユ・クローバー、君にぶつかられて、私は倒れてしまった。それで君から目を離してしまったんだよ。もう少しで、ポッターを箒から落としてやれたというのに……」
あのとき、自分がぶつかったのは偶然だった。けれど――もし、ぶつかっていなかったら? ハリーは――?
「君を助けようとして、セブルスが私の呪文を打ち消す反対呪文を唱えていた。彼がいなければ……君は、もう地面に叩きつけられていたかもしれない」
「スネイプが、僕を……助けようとしてた?」
「その通りだよ」
クィレルの声は冷えきっていた。表情はもはや、かつての臆病な教師ではなかった。