第16章 仕掛けられた罠
「行くぞ」
そう言うと、ハリーは小さな瓶を手に取った。中には、ほんの1口分の澄んだ液体。黒い炎を抜けて『石』の部屋へ向かうための唯一の鍵だった。
けれど、チユがその手をそっと止めた。
「待って。ちょっとだけ、貸してくれる?」
「え……?」
チユはおずおずと、けれど決意に満ちた表情で杖を握りしめ、瓶の上に向かって囁いた。
「エンゴージオ」
瓶の中の液体が、ぽうっと淡く光り、量を増す。
それは「2人で分ける」という意思の表れだった。
ハリーは瓶を見て、そしてチユの顔を見て、ぽかんと口を開けた。
「そんな魔法、知ってるなら……じゃあ、戻る薬のほうも増やせば、ハーマイオニーと一緒に戻れたじゃないか?」
「でも、私はハリーを1人には出来ないよ」
ハリーは何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。そして、ただ小さくうなずいた。
「……わかった。一緒に行こう」
2人は顔を見合わせ、瓶を半分ずつ口に運んだ。
液体は、氷のように冷たかった。喉を通るたび、体の中から冷えていくような感覚が広がる。
ハリーが瓶を置くと、チユはそっとその手を握った。
「いくよ」
「……ああ」
黒い炎が、2人を包み込んだ。
けれど、熱くなかった。むしろ、時間も光も存在しないような冷たい闇が、ゆっくりと全身を通り過ぎていく――。
チユはハリーの手の温もりを確かめながら、歩みを止めなかった。
絶対に、彼を1人にはさせない。どんなに怖くても。
そして2人は、闇を抜けた先――最後の部屋に、足を踏み入れた。