第16章 仕掛けられた罠
「でも……」
ハリーはためらいの声を漏らす。
「スネイプを止めたいんだろ? 違うのか?」
「ロン……」
「急がないと、スネイプがもう『石』を手に入れてるかもしれないんだぞ!」
その言葉に、チユはびくりと目を見開いた。
でも、心はまだ震えていた。目の前で「仲間」が倒れる。その現実を受け止めきれなかった。
「……やめて……ロン、行かないで……」
チユは、無意識に言葉をこぼしていた。
だが、ロンは振り返らず、静かに言った。
「いいか? これが最後の手なんだ。勝ったら、ぐずぐずしてる暇なんてないんだ」
彼は一歩、駒のように前へ進んだ。
その瞬間、白のクイーンが動き、鋭くロンの頭を石の腕で殴りつけた。
ロンは音もなく崩れ落ち、その場に倒れた。
「ロン!」
ハーマイオニーが叫ぶ。
けれど次の瞬間には彼女も、気丈に立ち上がり、持ち場を離れなかった。
白のクイーンは無表情のまま、ロンの体を片隅に引きずっていった。
チユはその光景を、ただ、見つめるしかなかった。
恐怖、無力感、怒り……混ざり合った感情が胸を締め付けた。
「ロン……」
小さく、チユは呟いた。
それは祈りのようで、願いのようで、でも何より――悔しさに満ちていた。
ハリーは一瞬だけためらいながらも、覚悟を決めて3つ左に進んだ。
その瞬間、白のキングがゆっくりと王冠を取り、無言でそれをハリーの足元に投げ出した――勝利だった。
チェス盤の駒たちは、まるで礼儀を尽くすかのように左右に分かれ、静かに前方の扉への道をあけた。そして一礼するように頭を垂れる。
「……勝ったんだ」
チユは、小さく呟いた。けれどその声には安堵よりも、まだ消えない不安が混ざっていた。ロンの姿が、チェス盤の片隅に倒れたまま、動かない。
ハリーとハーマイオニーは、もう一度だけロンを振り返った。
「ロン……必ず戻るからね」
ハーマイオニーが強く言い、目を潤ませながらも前を向いた。ハリーも小さくうなずいて、2人で扉へと突進した。
チユも一歩、扉に向かって足を踏み出した……けれど、すぐに振り返ってしまう。
「…本当に、置いていくの?」
声は震えていた。ロンがどんな思いで駒の前に立ったのか、今になって胸に迫ってくる。
「もし、ロンが…」
「大丈夫だよ」
ハリーが、まるで自分自身に言い聞かせるように答えた。
