第16章 仕掛けられた罠
チェス盤の駒たちは、ロンの指示に従って静かに動き出した。
黒のナイト、ビショップ、ルークがくるりと身を翻し、チェス盤を下りて、4人にその場所を譲った。
「白駒が先手だ」
ロンは低く言い、盤の向こうをじっと見つめた。
「ほら、見て…」
白のポーンが、音もなく二歩前進する。
ロンは冷静に指示を出し、黒駒たちは忠実にそれに従って動いた。
チユは少し離れたところから、その様子をじっと見つめていた。盤の上で繰り広げられる戦いが、まるで本物の戦争のように感じられた。
(これ、本当に…遊びじゃないんだ…)
ただのゲームだと思っていたチェスが、目の前で「命がかかった戦場」に変わっていた。動く駒たちは生きていて、倒れればもう立ち上がらない。
「ハリー、斜め右に4つ進んで!」
ロンの声が響いたその瞬間、黒のナイトが白のクイーンに跳ね飛ばされる。
打ち据えられた駒は重い音を立てて床に叩きつけられ、そのままチェス盤から引きずられていった。
チユは思わず肩を震わせる。
ロンの表情には痛みが浮かんでいた。
「こうしなくちゃならなかったんだ……」
かすれるような声で、ロンは言った。
白の駒が黒を取るたび、何のためらいも情けもなく叩き伏せていく。盤の隅には、負傷した黒駒たちが無造作に積み上げられていった。
ロンは、ハリーやハーマイオニーが取られそうになるたびに、ギリギリでその動きを修正していたが、その判断も限界に近づいていた。
「詰めが近い……」
ロンのつぶやきに、チユの喉がぎゅっと詰まった。
自分には何の力もない。呪文も効かない。飛ぶこともできない。チェスのルールさえ分からない。ただ、見ているだけしかできなかった。
「ちょっと待てよ……」
ロンが何かに気づいたように、クイーンを動かす。
しばらくの沈黙の後、ロンは決意したように静かに言った。
「これしか手はない……僕が取られるしかないんだ」
「だめ!」
3人が同時に叫ぶ。
「これがチェスなんだ!」
ロンはきっぱりと言った。「犠牲を払わなくちゃ。僕が一歩前に出る。その後、白のクイーンが僕を取る。それでハリーが動けるようになるんだ。君がキングにチェックメイトをかける!」