第1章 【第1話】ニートを拾って
「バカ言うな! お前見捨てて逃げられるかよ!
オレの腕をつたって登って来い!」
「え、えええ?!」
「早く! も少し上がってこれたら、オレが引上げっから!」
「う、うん。 やってみる!」
ユーリから嫌と言わせない剣幕で言われ、私は力を振り絞って左手を伸ばした。
グズグズしていたら、彼まで巻き添えにしてしまう。
左手でユーリの腕を掴み、次に右手を彼の肩へと伸ばす。
ところが手を上へ上げるほど、筋肉がプルプル震えて思うようにいかない。
もう少し、もう少しで届くのに。
そこへ私の邪魔するように、穴の枠が一回り崩れた。
ユーリの上半身がぐんと下へ傾いてしまう。
「うお?!」
「あ――」
その弾みで、彼の腕を握っていた左手がすべり落ちた。
二度目の浮遊感、のしかかる重力。
「―――っ!!」
穴に飲み込まれる刹那、ユーリの悲痛な表情と絶叫が、遥か彼方へ遠のいていった。
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ここは暗い。
いつの間にか、夜になってしまったのか。
何時かわからない。
わからないが、ここは闇に包まれていた。
何も見えない。
何も聞こえない。
あの大穴に落ちているはずなのに、体が落ちる感覚も、肝が冷えるほどの恐怖もない。
――死んだ?
何も感じないないのなら、もう一線越えちゃって死んでしまったと考えれば納得がいく。
ああ、まだまだ人生これからって時に、ひょんなことでポックリ逝くなんて。
こうなるくらいだったら、テスト勉強とかせずに、もっと青春時代を謳歌するべきだった。
ええ、ユーリの髪を乾かす時にドサクサに紛れて遊んでやればよかった。
――ユーリ。
今頃あの森に独りで何をしているだろうか。
私を助けられなかったことで、自分を責めてはいないだろか。
私にもう少し体力があったら、もっと慎重になっていれば、こんなことにならなかったのに。
ユーリが悪いわけではないと伝えたくても、もう叶わない。
――だんだん意識が遠くなってきた。もうそろそろだろう。
もうすぐ短い人生が終わる。
悲しいような、空しいような、暗い気持ちがジワリと心に広がっていく。
氷が水の中で形を失うように、虚無の闇に沈んでいく中で、ふと、何かが心を揺れ動かした。
―― 明かり?