第1章 目覚め
部屋に静寂が戻る。
泣き疲れたせいか、パイロの肩は小さく上下していた。私は涙を拭いながら、まだじんわりと痛む胸を押さえる。
——その時、低く落ち着いた声が響いた。
「……落ち着いたか?」
顔を上げると、カイトが静かに私たちを見下ろしていた。
私は小さく頷き、パイロも鼻をすすりながら「はい……」と返事をする。
カイトは少しの間私たちの様子を見ていたが、やがて視線を私に向け、言った。
「それと、もうひとつ聞きたいんだが……お前はどこから来たんだ?」
「……え?」
突然の問いに、私は一瞬言葉を失う。
「その狐のような耳と尻尾の生えた人種は、俺も見たことがない。」
カイトの声は淡々としていたが、純粋な興味と探求心が滲んでいた。
(……私が、どこから来たのか……?)
「……わかりません。」
口を開いた瞬間、そんな言葉が零れた。
「……気づいたら、パイロのいた村に倒れていて……それより前のこととか、自分が何者かとか、全く思い出せないんです。」
言いながら、自分でもその事実に戸惑う。
パイロが心配そうに私の手を握りしめた。
カイトは少し黙った後、短く「そうか」とだけ呟いた。
「とりあえず、お前は療養が必要だ。飯を持ってくるから、待っていろ。」
そう言って、カイトは部屋を出て行った。
扉が閉まる音がして、部屋の中が再び静かになる。
「…… ヒツキ、もう少し寝てたら?」
パイロが優しく言う。
「大丈夫。パイロはどこも怪我してない?」
私は布団から少し体を起こし、彼の様子を探るように尋ねた。
「……君が守ってくれたから。」
パイロの手が、ぎゅっと私の袖を握る。
「ヒツキ……僕を助けてくれて、ありがとう。」
私は小さく微笑み、そっとパイロの頭を撫でた。
「……ううん。無事でいてくれて、よかった。」
その時——
「にゃーぅ。」
あずきが甘えるように鳴きながら、私の腕にすり寄ってきた。
「ふふっ…… あずきも無事でよかった。」
私はそっとその柔らかな毛を撫でる。
すると、パイロも静かに微笑みながら、声のする方に手を伸ばした。
「君も助けてくれたよね……ありがとう、あずき。」
「にゃぅ。」
満足そうに鳴くあずきを見て、私は少しだけ心が温まるのを感じた。