第1章 目覚め
荒い息が喉を突き上げる。
(……どうすれば……どうすれば逃げられる!?)
大男はゆっくりと近づいてくる。
ニタニタと笑いながら、拳を振り上げたその瞬間——
(……?)
自分の右腕に広がる生温かい感触に気づく。
血...?
傷口から流れた血が、腕を赤く染めていた。
「……ッ!」
咄嗟に手を地面へと伸ばし、湿った土を掴む。
大男の拳が振り下ろされるその刹那、私は思い切りその土を投げつけた。
——ビシャッ!
血と土が混ざった泥が、大男の目に飛び込む。
「ぐぉっ……!?」
突然の異物に、大男が顔をしかめる。
「テメェ……ッ!!」
目を押さえながら怒鳴る声を背に、私は全身の力を振り絞り、再び走り出した。
(まだ……まだ死ねない……!)
必死に足を動かし、森の中へと駆け込む。
荒い呼吸を抑えながら、喉の奥からこみ上げる恐怖を押し殺す。
心臓が激しく鼓動し、血液が全身を駆け巡るのを感じる。
そして、木の上に飛び乗り、葉で身体を隠して息を整えた。
(落ち着いて……気配を……消さないと…)
死の恐怖が、逆に私の感覚を研ぎ澄ませる。
目を凝らし、音を殺し、存在そのものを薄めるように——
「……チッ、どこ行きやがった……!」
目を擦りながら、大男が辺りを見回している。
——あと少し。
ここで動けば終わる。私はじっと息を潜めた。
「クソがぁぁあああ!!!」
大男の怒声が森に響き渡る。
(……っ!)
叫び声に身体がこわばる。
だが——
「なにしてんの、ウボォー。」
冷静な女の声が響いた。
「マチ?」
「みんな片付けたから、さっさと緋の目を回収して帰るよ」
大男——ウボォーと呼ばれた男は、不満げに舌打ちをする。
「見たこともねぇ人種がいたんで、剥製にしようかと思って追いかけてたんだよ!手伝わねえか!?」
「...くだらないね。早く行くよ。」
女には一切の興味が感じられない。
「……チッ」
ウヴォーが苛立ったように舌打ちをすると、彼はしぶしぶその場を後にする。
私は、息をひそめたまま、彼らが完全に去るのを待った。
(……助かった……?)
そう思った瞬間、今まで抑えていた恐怖が、一気に押し寄せた。
膝が震える。
喉がカラカラに乾いているのに、唾を飲み込むことすらできなかった。