第1章 目覚め
(せめてパイロだけでも……!)
自分に言い聞かせるように、私は必死に枝を踏み砕き、わざと大きな音を立てながら駆け抜ける。
——すぐに、それは効果を発揮した。
「おいおい……逃げ足だけは速ぇじゃねぇか!」
背後から響く野太い声と、地響きのような足音。
(来た……!)
森の中を駆ける。
枝葉を掻き分け、全力で地面を蹴る。風を切り裂くように疾走する。
だが——
それでも、その足音は着実に近づいていた。
「ハッ、遅ぇよ。」
——その瞬間、目の前にそいつが現れた。
「っ……!」
私は思わず足を止める。
(どうして!? さっきまで後ろにいたのに……!)
彼は不敵に笑いながら、腕を組んでいる。
「お前、クルタ族じゃねぇな?」
「……!」
低く唸るような声が、耳を打つ。
「今回は緋の目が狙いだが……こいつはフェイタンにでも剥製にしてもらうかぁ?」
私は震え上がり、息を呑んだ。
(……殺される。)
彼は一歩、また一歩と近づいてくる。
「……で、クルタ族の坊主はどこだ?」
ニヤリと笑うその表情が、獲物をいたぶる捕食者のようだった。
声が出ない。
足も動かない。
背筋が凍りつく。
(パイロを……売るわけがない。)
「……ッ!」
私は恐怖を押し殺し、反射的に身を翻す。
だが——
「チッ……逃げんなよ。」
轟音が響いた。
拳が空を切る——
次の瞬間、突風のような風圧が全身を襲う。
「——っ!!」
衝撃に弾き飛ばされ、私は制御を失った身体を空中で回転させる。
「くっ……!!」
そのまま背中から木に叩きつけられた。
肺が圧迫され、口から血が溢れる。
視界が歪む。
「楽に殺してやっから……逃げんなよぉ?」
ニタニタと笑いながら、ゆっくりと男が歩み寄る。
足が震える。
頭がくらくらする。
(……こんなの、勝てるわけがない。でも……でも——)
(せめてパイロだけでも……!!)
それだけは、絶対に——。