第1章 目覚め
パイロと出会ってから、私の世界は少しずつ彩られていった。
彼は毎朝、森の奥にある洞窟へやって来て、果物を抱えている。
「今日は甘いやつを見つけたよ。」
彼が差し出した果物は、みずみずしい桃や甘いベリー。
パイロは目が見えないけれど、香りや手触りで熟れ具合を確かめているらしく、どれもおいしかった。
「パイロ、どうしていつもこんなおいしいのを選べるの?」
「ふふ、秘密だよ。」
彼はいたずらっぽく微笑んで、私の隣に腰を下ろす。
私たちは並んで座り、一緒にご飯を食べるのが日課になった。
食べながら、他愛のない話をする。パイロの村のこと、森に住む動物たちのこと……。
食事が終わると、私たちは湖へ向かう。
森を抜けた先にある静かな湖は、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
「水、冷たくて気持ちいい。」
パイロは、そっと手を伸ばし、水の感触を確かめるように指先を動かす。私はその手を取って、一緒に水へと足を浸した。
「緋月、そこにいる?」
「うん、すぐ隣だよ。」
彼の手を軽く握ると、パイロは安心したように微笑んだ。
また、パイロは毎日違う本を持ってきてくれた。
彼の村にはたくさんの本があるらしい。私は字が読めなかったけど、パイロが点字を指でなぞりながらお話を聞かせてくれた。
「今日は、どんなお話?」
「んーとね……。ハンターが不思議な森を旅するお話。」
彼は指で丁寧にページをめくりながら、ゆっくりとした口調で物語を読んでくれる。パイロの声は優しく、心地よくて、聞いているだけで安心した。
物語を聞きながら、私はそばで丸くなっているあずきを撫でる。やがて、ゆるやかな眠気が訪れた。
「緋月、眠いの?」
「ん……ちょっとだけ。」
「じゃあ、一緒にお昼寝しよう。」
私たちは並んで横になり、そっと手をつなぐ。
風が優しく吹き抜け、パイロの穏やかな寝息が聞こえる。
(幸せだな……。)
こんな日常が、いつまでも続けばいいのに。
そう願っていた。
だけど——
その幸せは、突然崩れ去ることになる。