She is the pearl of me. @ 忍足侑士
第7章 重なる影
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「ただいま」
住み込みの部屋から、返事はない。
お輪も無い、線香立代わりの可愛らしい茶碗と写真だけが置かれた、仏壇にもならない机。
見つめる写真立ての中で、卒業証書を手に笑っている少女は、真っ白な病室のベッドの上にいた。
自分にこの道を示してくれた彼女の、おかえり、と言う遠い昔の声が聞こえた気がした。
蔵の直営店で買ったワンカップの酒を二つ、取り出す。
二つとも封を開け、一つを写真の前に置く。
「真珠ちゃんにさ、彼氏ができたんだよ。
年下の、高校生くん。何年生かな?
背が高い、眼鏡の男の子」
そうなのっ?と少女漫画の恋に憧れていた彼女が、瞳を煌めかせる姿が浮かぶ。
「制服が変わってないなら、あれは氷帝学園だったかな」
乾杯、とぶつけたグラスが、小さく音を立てる。
「彼さ、ラケットバッグ持ってたよ
テニス、してるのかな?
氷帝学園は、俺たちの時からスポーツも名門だったね」
本当にっ!?
勘ちゃんと一緒?
どっちが強いかなっ?
と、はしゃぐ姿が浮かび、落ち着けよ、と少し笑う。
「付き合ってるって言ってたけど、多分、まだ日が浅いんだろうね。初々しいよ」
日が落ちきっている空を見つめた。
「ゆきの、こっちはいい天気だよ」
細い三日月と僅かな星が見える。
「そっちに、太陽はあるかい?」
君は元気だから晴れだといいな、とワンカップを飲む。
「っううっ」
口から喉、胸と落ちていく熱いものに、わずかに震え、口元を拭う。
「ゆきの、これ、いつになったら『おいしい』って思うのかな」
まだ、あの時の子どものままだ、と言われているようで、とろりとして見える酒を見る。
「俺は、酎ハイかビールのほうが好きかも」
彼女は未成年だし、お酒と言って思い浮かべていたのは、ビールだったかもしれない。
「これがおいしく感じたら、俺たちは大人になれるのかな」
年上だった彼女の年を、とっくに追い越してしまった。
彼女が、勘ちゃんはおこちゃまねぇ、とからかって笑う笑顔が、年を取ることはない。
「彼は、真珠ちゃんの太陽なのかな」
三日月を写した酒の水面を見つめる。
「真珠ちゃんも、綺麗になったもんなぁ」
その姿に重なる面影が浮かんだ三日月を、一気に飲み下した。
「いい加減、この独り言もやめないとなぁ」
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