第1章 出会い
そんなことを考えているうちに、マンションのエントランスに着いた。
オートロックを解除し、エレベーターへ向かう。
狭い空間の中で、紫苑はふと甚爾を横目で見た。
彼は壁にもたれかかり、無表情のまま天井を見つめている。
——何を考えているのか、まるで分からない。
紫苑は小さく息を吐いた。
「……あまり期待しないでね」
「何を?」
「家」
言いながら、エレベーターの扉が開く。
部屋に入ると、玄関の明かりがぼんやりと灯った。
「適当に座ってて」
紫苑はヒールを脱ぎ、ソファに視線を向ける。甚爾は特に何も言わず、言われた通りにそこへ腰を下ろした。
外で飲んできたせいか、部屋の中が静かすぎる。紫苑はキッチンへ向かいながら、ふと振り返った。
「水、飲む?」
「いらねぇ」
「……そう」
グラスに水を注ぎ、一口飲む。喉が渇いていた。
「で?」
紫苑が視線を向けると、甚爾は背もたれに体を預けたまま、こちらを見ていた。
「何?」
水の残るグラスを持ったまま甚爾の隣に腰を下ろした。
「お前の方から誘ったんだろ」
「……だから?」
甚爾は軽く笑う。
「別に」
その言葉と同時に、彼の片手が伸びてくる。思わず身を固くした紫苑の手からグラスが滑り落ちる寸前、甚爾の指がそれを掴んだ。
「……嫌なら、どかせば?」
甚爾の指が紫苑の髪をつまむ。軽くねじるようにしながら、指先で遊ぶ仕草は、無遠慮なようでいて、どこか気だるげだった。
紫苑は何も言わずに見ていた。
「……意外と、柔らかいんだな」
甚爾はそう言いながら、絡めた髪を指先でほどく。
紫苑はグラスを奪い返してテーブルに置き、肘をついた。
「そんなの、触ればわかるでしょ」
「いや、思ってたより」
「何を想像してたのよ」
問い返しても、甚爾は答えなかった。ただ、どこか愉しげな顔をして、紫苑の髪をまたひとつまみ取る。
紫苑はため息をつき、彼の手を軽く払った。
「……酔ってる?」
「別に」
「そう」
紫苑は少し考えてから、手近にあったタバコの箱を取った。
「吸う?」
「ん」
甚爾が片手を差し出す。