第8章 さいごに
もし——紫苑が、あのとき「いいよ、任せて」と言っていたら。
甚爾は、どうしていただろうか。
その言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ思考が止まる気がする。紫苑のことだ、冗談めかして笑いながら言うのだろう。でも、甚爾の目はその奥を探る。
本気か?
こいつは、本当に——。
笑い飛ばすつもりだった軽口が、妙に喉に引っかかる。
(……おいおい、マジかよ)
今までの紫苑なら、「冗談でしょ」「何それ、遺言?」と茶化して流していたはずだ。それが、もしも。
もしも、静かに、迷いなく、「いいよ、任せて」と言ったとしたら。
甚爾は、その答えを受け取った瞬間、無意識に笑ったかもしれない。
「そっか」
軽く言って、煙を吐く。
それ以上、深く考えないようにして。
けれど。
(……紫苑なら、ありだったのかもな)
どこかで、そう思うかもしれない。
少し前の自分なら、決して選ばなかった選択肢。
だが今の自分は、「もしも」を考えている。
紫苑と恵と、自分。
それが「家族」として機能する未来を、一瞬でも想像した時点で、甚爾はもう、らしくないことを考え始めていた。
結局、紫苑は「私には無理よ」と言った。
だから、甚爾も「俺もだ」と笑って、その可能性を捨てた。
それでよかったはずだった。
だが——もし紫苑が違う答えを選んでいたら。
甚爾は、もう一度「真人間」をやり直していたかもしれない。
紫苑とともに。
……それが幸せだったのかは、わからない。
ただ、それも「あり」だったのかもしれない、と、今際の際に考えてしまう程度には。