第6章 甚爾という男
いや、違う。
そんなことはどうでもいい。
紫苑に期待することでもない。
何を考えてるんだ、俺は。
甚爾は、自分の指先を見た。
紫苑の金を受け取る手。
金のためなら何でもできるこの手。
けれど、今、この手が受け取ったものは、本当に「金」だったか?
紫苑の「私は、正しい母親を知らないもの」
自分の「俺もだ」
たったそれだけの言葉に、ほんの一瞬、何かを許されたような気がした。
それが、甚爾にとって 良いことだったのか、悪いことだったのか はわからない。
ただ、それは 「俺は、お前なら頼れると思ってしまった」 という証拠だった。
甚爾は、灰皿にタバコを押し付ける。
「……もう一本、いいか?」
「勝手にどうぞ」
紫苑が、適当に返す。
甚爾は、タバコの箱から一本抜き取り、ライターを手に取る。
(こんな話、忘れよう)
そう思いながら、煙を吐き出した。
自分が、最後の最後に「らしくないこと」をしてしまったことも。