第6章 甚爾という男
「あなた、子供にご飯作ってあげたりしてる?」
「俺が?」
「そうよ」
「……まあ、コンビニとか」
紫苑は、呆れたように笑った。
「あなたねぇ……」
小さくため息をつく紫苑の顔が、妙にリアルだった。
いつもの夜の女の顔じゃない。
仕事でもないし、媚びているわけでもない。
単純に、「ダメな大人を見ている顔」だった。
「その子、朝起きて、保育園に行く前に誰がご飯作るの?」
「……」
「夜、寝る前に絵本を読んであげたり、歯磨きをしてあげたりする人は?」
「……」
「もしその子が、夜中に悪い夢を見て泣いたら、誰がそばにいるの?」
甚爾は、タバコを指に挟んだまま、静かに煙を吐いた。
「……お前、何が言いたいんだ?」
「あなたの子供、かわいそうだと思わないの?」
甚爾は、短く笑う。
「お前が言うかよ」
「言うわよ」
紫苑は、ソファに身を預ける。
「だって、私、あの子の気持ちがわかるもの」
その言葉が、やけに響いた。
(……紫苑なら)
この女なら、恵を育てられるのか?
紫苑が、ふと自分の指を見つめる。
「親に放っておかれて、誰にも必要とされてる気がしないまま大きくなったら、どうなると思う?」
「……」
「きっと、私みたいになるわよ」
紫苑は自嘲するように笑った。
(俺みたいに、じゃなくて、か)
その言葉を聞いて、甚爾は気づいた。
紫苑は、本気で「恵のことを心配している」のだ。
金づるでもなく、客でもなく、愛人でもない。
ただ、「その子はどうなるのか」と、真剣に考えている。
自分の中に、わずかに湧き上がった感情を、甚爾は舌打ちしそうになる。
そんなものは、必要ない。
紫苑が、グラスを傾ける。
「あなた、子供を育てる気、あるの?」
「……さあな」
「さあな、じゃないでしょ」
甚爾は、タバコの灰を落としながら、紫苑を見た。
そして、不意に。
(——もし、俺に何かあったら)
そう思った。
無意識に。
何の計算もなく。
何の意図もなく。
だから、そのまま口に出した。