• テキストサイズ

【呪術廻戦・甚爾夢】胡蝶の夢【完結】

第6章 甚爾という男


 紫苑の部屋の前に立った時、甚爾は特に何も考えていなかった。

 酔いも、すっかり醒めていた。

(……来ちまったな)

 指が、無意識にエントランスのインターホンを押した。

 数秒の間。

『はい?』

「……」

 何か言おうとしたが、喉が渇いて声にならない。

 そうしていると、彼女が少し伺うように呼んだ。

『……甚爾?』

(なんでわかんだよ)

 問いかける紫苑の声は、少しだけ怯えているように見えた。

「寝てたか?」

『……いいえ』

 紫苑は、驚いているようだった。

 当然だ。

 何年も何の連絡もなく、今さら突然現れたのだから。

 オートロックの扉が開き、建物の内側へと招き入れられる。

「……何しに来たの?」

 エレベーターから降りると、紫苑は自分の部屋から顔を出していた。

 甚爾は、ポケットに手を突っ込んだまま、ふっと笑った。

「泊まっていいか?」

 紫苑は息をのむ。

(……なんでなんだろうな)

 甚爾自身も、自分がなぜここに来たのか、説明できなかった。

 だが、一つだけわかることがあった。

「奥さんは?」

 紫苑の問いかけに、甚爾は短く答える。

「……いない」

 その瞬間、紫苑は察したようだった。

(――戻る場所なんて、どこにもねぇ)

 ならば、また始めるだけだった。

 真人間になろうとしたことなど、まるで夢だったかのように。
/ 76ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp