第6章 甚爾という男
妻が死んだ時、甚爾は何も感じなかった。
いや、感じないようにしていたのかもしれない。
医者が何かを言っていた。
葬儀の手配をする者たちが何かを話していた。
妻の親族が涙を流していた。
甚爾は、ただ黙っていた。
「悲しみ」とは、こういう時に感じるものなのだろう。
甚爾も、悲しむべきなのだろう。
(……わかんねぇな)
何を思えばいいのか、何を感じればいいのか、まるでわからなかった。
妻のいない家に戻った時、甚爾はひどく静かだと思った。
いや、静かだったのは家じゃない。
自分自身だった。
甚爾の中で、何かが終わった。
真人間になれるかもしれない、という可能性。
このまま、この生活を続けていくかもしれない、という選択肢。
それが、一瞬で消えた。
(……もうどうでもいいか)
甚爾は、そう思った。
結婚してから、触れていなかった酒を手に取った。
煙草に火をつけた。
そして、久しぶりにスマホを手に取った。
紫苑の連絡先は、消していなかった。
消す理由も、特になかった。
(……まだ、あるのか)
2年前のまま残るトーク履歴。
甚爾は少し笑って、スマホを閉じた。
その日は、それで終わった。