第6章 甚爾という男
最初は、意外とうまくやれると思った。
――妻は、良い女だった。
甚爾の過去を深く追求せず、ただ「今」を見てくれる女だった。
妻と過ごす時間は、悪くなかった。
普通の生活。
普通の会話。
普通の温かさ。
子供が生まれた時、甚爾は思った。
(……本当に、普通になれるかもしれねぇな)
真人間。
そんな言葉を、どこかで鼻で笑っていたはずなのに、妻と子供と過ごす時間は、確かに「そうなれるかもしれない」という錯覚を与えた。
紫苑のことを思い出すことはなかった。
紫苑だけじゃない。
過去にいた女たちのことも。
彼女たちがいた夜のことも。
すべてが「過去のもの」になっていった。
少なくとも——妻が生きていた間は。