第6章 甚爾という男
「結婚する」
紫苑にそう伝えた時、甚爾は特に何も考えていなかった。
ただ、当たり前のように言葉にしただけだった。
紫苑は微笑んだ。
「へえ、おめでとう」
あまりにあっさりしていて、拍子抜けするほどだった。
「まあな」
甚爾はグラスを傾ける。
「いい奥さんなの?」
「……悪くねぇよ」
紫苑はふっと笑う。
「なら、いいじゃない」
それだけ言って、彼女はグラスを空けた。
甚爾は、その姿をぼんやりと見ていた。
(……まあ、これで終わりだ)
紫苑との関係も、夜遊びも、すべて。
結婚するのだから、それが当然だった。
紫苑が、自分を引き止めないことに安堵している自分がいた。
だが、それと同時に、何かがすっと胸の奥で消えていくような感覚があった。
その夜を境に、紫苑とは一切連絡を取らなくなった。
紫苑が連絡をしてこないことも、予想通りだった。
(大人の女、か)
そんなふうに思いながら、甚爾は「新しい生活」へと足を踏み入れた。