第6章 甚爾という男
「最近、連絡少ないじゃない」
紫苑の問いかけに、甚爾は軽く煙を吐き出しながら視線を向けた。
「仕事が忙しくてな」
適当な答え。
紫苑が「本当かしら」と疑うのも、計算通りだった。
(そろそろ、また揺さぶる時期か)
適度に放置し、焦らし、再び戻ってくる。
それを繰り返すことで、紫苑の中で甚爾は「突然消えるが、また戻ってくる男」になった。
——「戻ってくる」という前提ができた時点で、もう勝ちだ。
紫苑の中で、「いつか本当にいなくなるのでは」という不安が生まれる。
だから、甚爾の些細な言葉に、紫苑は必要以上に揺れる。
「俺、正直、他の女はもう興味ない」
紫苑の手が止まる。
(そうそう、その反応)
「……は?」
「お前が一番だって思う」
冗談のような軽い口調。
紫苑が疑っているのもわかる。
「また、適当なこと言ってる」
「適当か?」
「適当でしょ」
「そっか」
それ以上、言葉は足さない。
大事なのは、「言葉を残す」こと。
紫苑の中に「でも、あのときああ言っていた」という記憶が残れば、それでいい。