第6章 甚爾という男
紫苑が「金を渡す側」になったのは、もう当たり前のことになっていた。
「これでいい?」
紫苑は、10万、20万と、彼が求める前に差し出す。
「悪いな」
甚爾は、当然のように受け取る。
紫苑も、それを気にしなくなった。
(これくらい、別にいい)
(彼は私にしか頼らない)
(だから、私は彼に必要とされてる)
その考えが、紫苑の中で「関係を続ける理由」になっていた。
つまり、紫苑は「自分の意思で甚爾に金を渡している」と思っている。
これが崩れるときは、「彼に頼られる理由がなくなるとき」。
だから甚爾は、その「理由」を定期的に与える。
「最近、仕事どう?」
「……まあ、それなりに」
「疲れてんじゃねぇの?」
「無理くらいするわよ、仕事だもの」
紫苑が仕事の愚痴をこぼすときは、金を引くタイミングではない。
そういうときは、「お前も大変だな」と適当に共感する。
(何も求めない時間も作る)
そうすれば、紫苑は「彼は私の金が目的じゃない」と思う。
そして、また「自然に金を出せる」ようになる。
紫苑に「私が彼を支えなきゃ」と思わせる。
「もう少し頼ってもいいんだぜ?」
甚爾がそう言えば、紫苑は「何を?」と聞き返す。
「さあな」
答えは必要ない。
紫苑が「自分で考えて」理由を作るからだ。
その答えが出たとき、紫苑は「何も考えずに金を渡す女」になっている。
その先にあるのは、「離れられない関係」。
そして、紫苑が甚爾を必要とする状態ではなく、「甚爾がいないと紫苑が壊れる」状態 だった。
甚爾は、その日が来るのを待っていた。
——あと少し。