第6章 甚爾という男
朝、少し早い時間に目が覚める。
紫苑はまだ寝ていた。
乱れた髪が枕に広がり、肩口から滑り落ちたシーツが、滑らかな肌を露わにしている。
甚爾は煙草を探したが、手元になかった。
(……まあ、いいか)
シーツをはだけないようにベッドから降り、足音を立てずに服を拾う。
ゆっくりとジャケットを羽織りながら、ちらりと紫苑を見た。
何の感慨もない。
ただ、消え際の印象だけは、しっかり残しておくべきだった。
「帰るわ」と知らせれば、紫苑は何かしらのリアクションをするだろう。
それは、「区切り」を与えることになる。
紫苑に「昨夜のことはこれで終わり」と思わせれば、それまでになってしまう。
(まだ、終わらせねぇよ)
甚爾はスマホを取り出した。何人か面倒そうなLINEを送ってきている奴がいる。ちょうどいい新しい女も見つけたし、切ってもいいかもしれない。
特にこの看護師の女は、最近特に口うるさくなってきた──まあ、500万も借りて音信不通気味になれば当たり前か。
紫苑のLINEは、開かないままにしておく。
一度でも既読をつければ、紫苑の頭から甚爾の存在が「処理される」。
未読のままなら、紫苑は「気になったまま」になる。
そのほうがいい。
甚爾は、部屋を出た。