第6章 甚爾という男
マンションに着く。
オートロックを解除し、エレベーターに乗る。
狭い空間。
紫苑はふと、甚爾を横目で見た。
甚爾は壁にもたれかかり、無表情のまま天井を見つめている。
「……あまり期待しないでね」
甚爾は薄く笑う。
「何を?」
エレベーターの扉が開く。
紫苑は何も言わず、部屋の鍵を開けた。
玄関の明かりがぼんやりと灯る。
「適当に座ってて」
紫苑はヒールを脱ぎ、キッチンへ向かう。
甚爾は言われた通り、ソファに腰を下ろした。
紫苑が振り返る。
「水、飲む?」
「いらねぇ」
「……そう」
紫苑はグラスに水を注ぎ、一口飲む。
甚爾は、そんな彼女を見ながら考える。
(——さて、こっからどう転がすか)
女を転がすのに、焦りは禁物だった。
紫苑のような女は「私は男に振り回される女じゃない」と思いたいタイプ。
だから、甚爾のほうから積極的に仕掛ける必要はない。
焦らず、相手の出方を待つ。
紫苑がグラスを手に、隣に座る。
「で?」
甚爾は背もたれに体を預けたまま、紫苑を見た。
「何?」
「お前の方から誘ったんだろ」
「……だから?」
甚爾は軽く笑う。
「別に」
それだけ言って、紫苑の表情を見る。
(さあ、どうする?)
紫苑は、ほんの少しだけ視線を揺らした。
その反応を見て、甚爾は確信した。
(もう大丈夫だな)
女は、選択肢を突きつけられると、勝手に答えを出す。
甚爾が何も仕掛けなくても、こいつは「自分で決めた」と思うほうを選ぶだろう。
そして、自分で決めたなら、その選択を後悔したくないから、関係を続ける。
だから甚爾は、ただ待つだけだった。
紫苑が、自分の意思で答えを出すのを。
ゆっくりと手を伸ばす。
紫苑の指がわずかにこわばるのを見て、甚爾は何も言わずにグラスを掴んだ。
指が触れそうな距離。
紫苑は、抵抗しない。
(よし)
甚爾は、そのまま紫苑の髪を絡め取るように、指で遊ぶ。
まるで興味のない仕草に見せながら、紫苑の反応をじっくりと待つ。
「……嫌なら、どかせば?」