第6章 甚爾という男
会計を済ませ、外に出る。
当然のように、紫苑が全額支払った。
甚爾は気楽に「気前いいな」と笑う。
外の空気は、思ったより冷たかった。
紫苑が「寒いわね」と呟くと、甚爾はポケットに手を突っ込んだまま「ん?」と適当に返した。
「まぁ、別に」
「薄着じゃない」
「慣れてる」
甚爾のペースに合わせるように、紫苑もそれ以上何も言わなかった。
静かに並んで歩く。
(……もうタクシーを呼ぶって発想が消えてるな)
すぐに部屋に着いてしまうと、紫苑が「軽率だったかも」と冷静になる可能性がある。
逆に、遠すぎるとそれはそれで酔いがさめて我に返る可能性もある。
理想は10分。
それくらいの距離なら、歩きながら気持ちを整理しようとする時間がある。
そして、「まあ、たまにはいいか」と納得するには十分な長さだった。
紫苑が小さく息を吐いた。
「まあ、たまにはいいわよね」
独り言のように呟く。
(ほら、もう自分に言い聞かせてる)
甚爾は何も答えなかった。
ただ、ゆっくりと歩幅を合わせる。
遠くで酔った人間たちの笑い声が響いていた。