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【呪術廻戦・甚爾夢】胡蝶の夢【完結】

第6章 甚爾という男


 店内に流れる低いジャズ。

 適度に落ちた照明。

 甚爾はカウンター席に腰を下ろしながら、視線を軽く流した。

(まあ、悪くねぇな)

 居心地のいい空間というのは、気持ちを緩ませる。
 相手の警戒心も、ついでに緩めてくれる。

「ここでいい?」

「……」

 甚爾は特に答えず、黙って椅子に座る。

 紫苑は慣れた様子でバーテンダーに注文を入れる。

「ウイスキーを、こっちは適当に。あと軽食幾つかお願い」

 甚爾は、紫苑が何気なく「こっちの分も」と言ったのを聞き逃さなかった。

(ほらな)

 この女は、「自分が決めた」という形にしたほうが、自然と財布を開くタイプ だ。

 それはもう証明されている。

 ここで「俺はこれ」と言ってしまえば、「自分の判断で奢っている」という感覚が薄れる。

 甚爾が金を引くときの基本ルールはひとつ。

 「自分で選んだ」と思わせること。

 だから、甚爾は何も言わなかった。

「何飲む?」

「何でも」

「適当ね」

 紫苑が笑うが、それでいい。

 どうせ、何を飲もうが関係ない。

「……で、本当にただ飯が食いたかっただけ?」

 紫苑が氷を揺らしながら問いかける。

 甚爾は少しだけ口角を上げた。

(聞くよな)

「それ以外に何がある?」

「さぁ?」

 紫苑は視線を落として、グラスの縁を指でなぞる。

 ほんの一瞬、考えたような素振り。

(気になるだけなんだから、深く考えるなよ)

 甚爾は紫苑の様子を観察しながら、口を開いた。

「で、お前、どんな客には返信するんだ?」

 紫苑はグラスを揺らしながら答える。

「指名の可能性がある人?」

「俺は?」

「ないでしょ」

 即答。

 甚爾は笑った。

「まぁな」

 否定するつもりはない。

 客になるつもりもない。

 けれど、「じゃあ、なぜ?」と聞かれるのは、もう少し先のほうがいい。

(今はまだ、考えさせる時間だ)

 紫苑は、自分の中で「気まぐれ」を理由にしようとしている。

 なら、それを手伝ってやればいい。

「そっちは、どんな女に連絡するの?」

 紫苑の問いに、甚爾は適当に答える。

「気分」

「適当ね」

「そういうもんだろ」
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