第6章 甚爾という男
「んじゃ、迎え頼むわ」
『……私が?』
「俺、今タクシー拾うの面倒くせぇし」
適当な理由をつける。
少しでも「こっちのために動いた」と思わせることで、紫苑の立場を固定する。
紫苑は呆れつつも、「いいわよ」と答えた。
(よし、これで紫苑は自分から足を運ぶ)
甚爾は通話を切り、タバコをくわえる。
(さて、あとは……どこまで引き込めるか)
***
スマホに送った位置情報。
未読のまま。
(……こいつ、未読のまま動くタイプか)
紫苑は「男に振り回される女」ではないが、「必要とされる女」にはなりたいタイプ だろう。
ここを突けば、金を引っ張ること自体は問題ない。
甚爾はタバコを吹かしながら、待つ。
やがてタクシーが停まる。
紫苑が降りてきた。
「待たせた?」
「いや」
甚爾はタバコを消し、スマホを取り出す。
「……お前さ、既読つけねぇよな」
紫苑は眉をひそめる。
「え?」
「LINE」
「ああ……別に、必要ないなら開かないだけ」
なるほど。
客とのやり取りは、営業用。
意味がないものは切り捨てる。
(まあ、それができる女のほうが、長く持つからな)
適当な女ほど、すぐに捨てられる。
紫苑は、その点は心得ている。
甚爾はスマホを弄りながら、わざとらしく言った。
「お前のやつ、送ったときずっと未読だった」
「……営業のやつ?」
「それもあるし、さっきの位置情報も」
紫苑はスマホを確認し、少しだけ表情を曇らせた。
「……ごめん、すぐに検索かけちゃったから」
甚爾は鼻で笑う。
「ふーん」
別に、どうでもいい。
大事なのは、紫苑がすでに「甚爾のペースで動いている」ということだ。
「まぁいいや。行くか」
甚爾は軽く顎をしゃくり、先に行けと示す。
紫苑は、わずかに間を置いて歩き出した。
甚爾は、そんな彼女の後ろ姿を見ながら、薄く笑った。