第6章 甚爾という男
スマホの画面に並ぶ未読のメッセージ。
『昨日はありがとうございました!またお待ちしてますね』
『お仕事お疲れ様です。お時間できたら飲みにいらしてくださいね』
『今日も寒いですね。お身体気をつけてください』
(……やけに律儀な女だな)
紫苑からの営業LINEを眺めながら、甚爾はタバコをくわえた。
適当に相手していれば、そのうち向こうが勝手に見切りをつける。
ホステスとは、そういうものだ。
実際、紫苑ももう切るつもりだっただろう。
(——だから、今だ)
甚爾はスマホの発信履歴を開き、画面をスライドする。
呼び出し音。
——通話が繋がる。
「……もしもし?」
紫苑の少し驚いた声が聞こえた。
(だろうな)
数週間も未読無視しておいて、いきなり深夜に電話をかける。
普通なら「何?」と警戒されるところだ。
だが、甚爾は最初から、怒る隙を与えないように仕掛けた。
「ああ、起きてた?」
『まあね。どうしたの?』
「……飯、奢ってくれよ」
一拍の沈黙。
紫苑は一瞬、困惑したようだった。
(——さて、どう出る?)
冷たく断るか。
それとも、興味を持つか。
紫苑が選んだのは、後者だった。
『……何が食べたいの?』
甚爾は低く笑う。
(かかったな)
紫苑は「大人の女」を演じることを選んだ。
つまり、男に尽くすことを「自分の意志で選んだ」と思いたがるタイプ。
だから、決定権を相手に委ねることより、「私が選んだんだ」と思わせる状況を作る ほうがいい。
甚爾は適当に応じる。
「気前いいな」
「どうせ今から寝るだけだったし。暇つぶしにはちょうどいいわ」
言葉は強気だが、もう答えは出ている。
紫苑はこの時点で、すでに甚爾の流れに乗っていた。
(ここで確定だ)
この女は、「利用されている」と思いたくない。自分が選んでいると思いたい。
ならば、手間をかけさせるほど効果的だ。