第5章 短編
紫苑は、時々妙な間を作る。
何気ない会話の最中、不意に言葉を飲み込むような沈黙を挟むことがある。突っ込まれたくない話題のときは特に顕著だった。
今もそうだ。
甚爾が「こんなん吸ってんのか」と言った瞬間、紫苑は一瞬だけ視線を落とした。
すぐに笑って「悪い?」と返してきたが、その仕草がどこか無意識に「試している」ように見える。
(……こいつ、時々挙動が不審なんだよな)
甚爾はタバコの煙を吐きながら、ぼんやりと紫苑の横顔を眺めた。
突き放されることを恐れているような、あるいは、相手がどう出るか様子を伺っているような、微妙な間。
大人の女を気取ってはいるが、その実、「どうせ私は大した価値のない人間だから」とでも言いたげな空気をまとっている瞬間がある。
特に、自分のことを話すとき。
「家族」の話題になったとき。
あるいは——こうして、何の意味もないやり取りをしているときでさえ。
紫苑はどこかで、自分が否定されることを予測しているようだった。
だが、甚爾はそこに深入りする気はない。
過去がどうであれ、今ここにいる紫苑が「都合のいい女」であることに変わりはないし、紫苑もそれを望んでいるように見える。
それなら、わざわざ踏み込む理由もない。
甚爾は、紫苑から貰った甘いタバコの余韻を舌先で払う。
「……悪くはねぇよ」
ただ、それだけ言った。
紫苑は一瞬だけ目を細めたが、特に何も言わず、また静かにタバコを咥えた。