第5章 短編
タバコの煙がゆるやかに揺れながら、紫苑の部屋の空気に溶けていく。
甚爾はベッドに腰を下ろし、灰皿に押し付けたばかりのタバコの跡を眺めた。
気怠げに指先を払って、もう一本取り出そうとして——ふと手を止める。
目の前で、紫苑が細く白いタバコを咥えていた。
見慣れない銘柄だった。
スリムなJOKERのフィルターが、紫苑の細い指先に挟まれている。紫苑は眠たげなまま、ゆるく息を吸い込んだ。青白い煙が、静かに揺れる。
甚爾は、それをしばらく見ていた。
無意識に伸ばした指が、紫苑のタバコの先を掠める。
「……ちょっとよこせ」
紫苑は片眉を上げたが、特に何も言わずにタバコを持ち上げる。
甚爾はそのまま、彼女の指先からそれを受け取り、唇に挟んだ。
スリムすぎて、妙に頼りない感触だった。紫苑のリップの味が、微かに残っている。
煙を吸い込んだ瞬間、舌先に広がる甘さに、甚爾は思わず顔をしかめた。
「……あっま」
紫苑が、ゆるく笑う。
「でしょ」
「こんなん、タバコか?」
「失礼ね」
紫苑は奪い返すように、タバコを指先で取り戻す。自分のものに戻ったそれを、再び唇に咥え、何もなかったように煙を吐いた。
甘い香りが、ゆるく部屋に広がる。
甚爾はそれをぼんやりと眺めながら、唇を軽く舐めた。
「お前、こんなん吸ってんのか」
「……悪い?」
妙な間があった。
「いや」
甚爾は短く答えて、適当に煙を払った。
妙に甘ったるい後味だけが、どこかに残る。