第5章 短編
事が済んだあと、甚爾は仰向けに寝転がり、無言で天井を見つめていた。
紫苑はベッドの端でシーツを引き寄せ、煙草に火をつける。
静かな夜。
部屋には、まだ微かに熱が残っていた。
(ああ、完全に抜けた顔してる)
紫苑は、煙を吐き出しながら彼を見た。
腕を額に乗せ、どこか遠くを見ている。
(これが本当の顔よね)
燃え尽きた男の、何の感情もない顔。
でも、次の瞬間。
「……ふぅ」
甚爾は、わざとらしく伸びをした。
そのまま、気だるげに笑う。
「……お前、やっぱいいな」
紫苑は目を細める。
(ああ、切り替えた)
ほんの数秒前まで完全に虚無に沈んでいた男が、まるで何事もなかったかのように「余裕のある男」を演じ始める。
甚爾は寝転がったまま、タバコを一本取り出す。
咥えたまま、紫苑にライターを要求した。
「火、貸せよ」
紫苑は何も言わずにライターを弾いた。
カチ、と小さな音が響く。
火がつくと、甚爾は紫苑の方を見て、ニヤリと笑う。
「……満足したか?」
「さあ?」
紫苑は、甚爾の頬を指先でなぞる。
「あなたこそ、どうなの?」
「どうって?」
「無理して演技するの、疲れない?」
甚爾は、一瞬だけ動きを止めた。
(ほら、バレてる)
紫苑は微かに笑う。
甚爾はすぐに口元を歪め、タバコの煙を吐き出した。
「は? 何のことだよ」
「さあ?」
紫苑は、また指を滑らせる。
「でも、すごいわね」
「何が」
「金のためなら、ここまでやれるのね」
甚爾は、タバコを灰皿に押し付ける。
「……そういうの、言うなよ」
「何を?」
「野暮なこと」
紫苑は、ため息混じりに笑った。
(それを言う資格があるのは、本気の男だけよ)
紫苑はゆっくりと体をずらし、シーツに身を沈めた。
「……まあ、いいわ」
「そうかよ」
甚爾は、また虚無の顔に戻る。
でも、紫苑はもう何も言わなかった。
このまま眠ってしまえば、すべてが誤魔化せる。
きっと、明日になれば、また「何事もなかったように」演じるのだろう。
紫苑も、甚爾も。