第4章 彼が去った後
「……最近、ちょっと飲みすぎじゃない?」
後輩ホステスにそう言われたのは、三週間が過ぎた頃だった。
紫苑は、カウンターに置いたグラスを軽く揺らしながら、肩をすくめる。
「そう?」
「うん。あと、前より無理してる感じする」
後輩の声は、どこか遠慮がちだった。
紫苑は微笑む。
「無理くらいするわよ。仕事だもの」
「でも、なんか……」
後輩の視線が、気まずそうに揺れる。
「前は、もっと楽しそうだったのに」
紫苑はグラスを傾ける。
琥珀色の液体がゆっくりと波打ち、氷に当たって微かな音を立てた。
(楽しそう?)
(そんなもの、いつから持っていたのかしら)
「気のせいよ」
軽く笑って、酒を飲み干す。
けれど、ふと視線を向けた鏡の中に映る自分の顔は、どこか疲れて見えた。
目の下には薄い影ができ、無理に作った笑顔が、どこかぎこちない。
ある夜、紫苑は泥酔して帰宅した。
玄関のドアを閉め、靴を脱ぎ捨て、そのままソファに倒れ込む。
視界が揺れ、天井のライトがぼやけて見えた。
全身が重く、指先まで鈍く痺れている。
スマホが震えた気がして、画面を確認する。
——何もない。
そこには、ずっと変わらないままの甚爾とのトーク画面があるだけだった。
そして、あの彼からの最後のメッセージ以降一向に未読のままのメッセージ。
「……バカみたい」
紫苑は小さく笑い、息を吐いた。
酔いが回った頭では、余計なことばかり考えてしまう。
指が無意識に画面をなぞる。
(消せばいい)
(こんなもの、もう意味がない)
それなのに、指が止まる。
「ねえ、あんた、本当に死んだの?」
紫苑は、誰にともなく呟いた。
何も変わらない。
やっぱり、何も返ってこない。
スマホを放り投げる。
鈍い音が部屋に響き、それでも何も変わらない現実だけがそこにあった。
酒のせいか、涙が滲みそうになって、慌てて瞼を閉じる。
(泣くほどのことじゃないでしょ)
(私は、もっとずっと一人で生きてきたじゃない)
(なのに、何でこんなに苦しいの?)
部屋の静寂が、ただ紫苑を包み込んでいた。