第4章 彼が去った後
最初の数日は、ただの気まぐれだと思っていた。
「また、そのうち来るでしょ」
そう言いながら、スマホを無意識に手に取る。何度目かの動作。自分でも呆れるほど、同じことを繰り返していた。トーク画面を開く。
『悪い、今日は行けねえわ』
それが最後のメッセージだった。
そこから、何を送っても未読のまま。最初は気にも留めなかった。相手には相手の事情がある。仕事が忙しいのかもしれない。気が向かなければ連絡しないことだってあるだろう。気楽な関係なのだから、こちらが気を揉む必要なんてない。そう言い聞かせながら、スマホを伏せる。
けれど、一時間も経たないうちに、また手に取っている。
画面には、何の通知もない。未読のままのメッセージが並ぶ。その無機質な画面が、何かを突きつけるようで、胸の奥がざらつく。
「……はあ」
深く息を吐きながら、タバコに火をつける。紫煙がゆっくりと立ち上るのを眺めながら、考えないようにする。考えたところで、どうなるものでもない。けれど、思考は勝手に巡る。
(バカみたい)
小さく笑って、煙を吐く。いつからこんなに執着するようになったのだろう。そもそも、そんな関係ではなかったはずだ。ただの暇つぶし。ただの都合のいい存在。自分にとっても、相手にとっても。
(こっちから送る必要なんてないのに)
それでも、送った。
『最近忙しい?』
シンプルなメッセージ。深い意味はない。ただ、既読がつくのを確かめたかっただけ。いや、本当は違う。ただ、ほんの少しでも反応がほしかった。くだらない会話でもいい。何かしらの返事があれば、それだけで安心できるような気がした。
10分経ち、1時間経ち、3時間経つ。
未読のまま。
スマホを伏せ、もう見ないようにしようと決める。でも、ふとした拍子にまた画面を開いてしまう。何度も、何度も。
それでも、変わらない。通知はこない。未読のままのメッセージが、ただそこにあるだけ。
夜が更ける。タバコの煙がくゆる。静まり返った部屋の中で、時間だけが無意味に過ぎていく。