第3章 手遅れ
まるで何もかもがどうでもいいと言わんばかりの態度。それが彼の常套手段だった。
甚爾はわずかに指を動かし、火を弾く。
灰が灰皿の中に落ち、淡くくすぶる。ほんの一瞬、彼の視線が揺らいだように見えた。
「……さあな」
予想通りの答えだった。
紫苑は鼻で笑い、もう一口酒を飲む。
喉の奥に残るほのかな甘みと苦みが、彼の無関心な態度をさらに際立たせた。
「さあな、じゃないでしょ」
彼の返答には何の感情もない。
ただの音に過ぎなかった。
紫苑はため息をつきながら、指先でグラスの縁をなぞる。
ガラスの冷たさが指に伝わってくるのを感じながら、彼女はふと考える。
なぜ自分はこんなにもこの男に言葉をかけ続けているのだろうと。
沈黙が落ちる。夜の静けさが二人の間を埋めていた。
甚爾はふっと煙を吐き出し、紫苑を見た。
彼の目は何かを計るように細められている。
あるいは、ただの気まぐれかもしれない。
紫苑はその視線を受け止めながら、静かに待つ。
「お前さ」
ぽつりと、甚爾が言う。紫苑は軽く眉を上げた。
「何?」
甚爾は再びタバコを指で弾く。小さな灰の塊が落ちて、消えていく。
「……妙に、ガキのこと気にするな」
紫苑は微かに笑った。その笑みは柔らかいものだったが、目の奥には消えない痛みが宿っている。
「そりゃ気にするわよ。だって、あなた、全然父親してなさそうだもの」
淡々とした口調だった。
彼女はあえて感情を込めないようにしていたが、それがかえって彼の胸に刺さるのを知っていた。
甚爾は煙を燻らせるだけで何も言わなかった。
その横顔を見ながら、紫苑は思う。
(この人、本当にどうしようもない)
しかし、紫苑は気づいていた。
甚爾は「まだ本気で子供を捨てる気にはなれていない」ということを。
もし完全に見捨てているのなら、こんな話を黙って聞くはずがない。
平然と紫苑から金を受け取るくせに、ほんの一瞬だけ言葉に詰まる。
そこに、彼の「最後の最後に残った良心」があることを、紫苑は知ってしまった。