• テキストサイズ

【呪術廻戦・甚爾夢】胡蝶の夢【完結】

第3章 手遅れ


「金、貸してくれ」

 甚爾の声は、いつものように軽かった。

 まるで、タバコの火を借りるような気軽さで。

 だが、その目の奥には、どこか影が差していた。

 紫苑はグラスを持ち上げ、ゆっくりと氷を揺らす。

 カラン、と氷がグラスの壁にぶつかる音が、静寂の中でやけに大きく響いた。

「いくら?」

「30」

「また増えたわね」

「ガキがいると、色々かかるんだよ」

 紫苑の指が、ピタリと止まる。

 目を細め、グラスの中の琥珀色の液体をじっと見つめる。

「……本当に?」

 甚爾の眉がわずかに動いた。

 彼の指先がタバコをつまむ力が、ほんの少しだけ強まる。

「あ?」

「本当に、そのお金、子供のために使ってるの?」

 甚爾は煙を吐きながら、紫苑を見つめる。

 いつもなら軽く流すような問いかけ。

 だが、この時ばかりは、ほんの僅かに間があった。

「……何が言いたい?」

「あなたのことだから、どうせロクな使い方してないんでしょう?」

「さあな」

 曖昧に笑う。だが、その笑みはどこかぎこちない。紫苑は深くため息をついた。

「ねえ、あなた」

「ん?」

「子供ほったらかしで、愛人の家に入り浸ってるって……」

 紫苑は、低く静かに言った。

 その声には、ほんの少しだけ震えがあった。

「本当に人でなしね」

 甚爾は軽く笑う。

 いつもなら皮肉を言い返すところだが、彼の口元は僅かに引きつっていた。

「……言うじゃねえか」

「当然でしょ」

 紫苑は腕を組み、まっすぐに彼を見た。

「その子、いくつ?」

「……4つ」

「名前は?」

 甚爾は、一瞬だけ目を伏せる。

 何かを飲み込むように喉が動く。

 そして、面倒くさそうに呟いた。

「恵」

「恵、ね」

 紫苑は、口の中でその名を転がす。

(まだ4歳……)

 そんな幼い子供が、父親を頼らず生きていけるわけがない。

「あなた、子供にご飯作ってあげたりしてる?」

「俺が?」

「そうよ」

「……まあ、コンビニとか」

 紫苑は呆れたように笑った。

「あなたね……」
/ 76ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp