第3章 手遅れ
その後、甚爾が紫苑の部屋に来るたびに、金のやり取りが「当たり前のこと」になった。
最初は、少し躊躇いながら金を渡していた紫苑が、次第にそれがまるで流れ作業のようになっていった。
次第に甚爾も、何も言わず、ただ紫苑が差し出すのを待つようになった。
最初のうちは、紫苑が「これでいい?」と聞くことで、彼を確認していた。だが、次第にその確認すらなくなり、ただ手元に金が差し出されるのを待つだけになった。紫苑は、そうすることが「当然」のように感じていた。
最初に比べれば、額がどんどん大きくなっていった。紫苑はそれを差し出す手が自然に動くようになり、金のやり取り自体が無意識のうちに、感情の一部に溶け込んでいた。
甚爾は毎回、それを当然のように受け取った。
紫苑は、それに対して何の疑念も抱かなくなっていた。むしろ、何となく安心する自分がいた。彼がこれを「当然」と思ってくれるなら、自分が与えているものには、価値があるのだと思い込んでいた。
(これくらい、別にいい)
(彼は私にしか頼らない)
そう思うことで、自分を納得させていた。無理しているわけではない。むしろ、それが彼にとって必要なことなら、どんな額でも構わないと思い始めていた。
彼が「頼る場所」として、紫苑を選んでくれていることに、強い誇りを感じていた。
(だから、私は彼に必要とされてる)
そう信じたかった。彼が求めてきてくれる限り、紫苑は自分の価値を感じることができた。金額やそのやり取りが、彼と自分の繋がりの証だと、そう思いたかった。
紫苑は、これで「彼にしてあげられること」を完全に受け入れていた。最初はただの一夜の関係で、金のやり取りすら違和感を覚えた。しかし、今はそれが何もかも普通のことで、むしろそれを通じて、彼との関係が深まっている気がしていた。
でも、心の中のどこかで、ふと疑問がよぎることもあった。
――本当に、これが私にとって「正しい関係」なのか?
だが、疑問が湧いても、その答えを自分で求めようとは思わなかった。なぜなら、今はただ彼が自分に求めてくれていることだけが、紫苑にとって何より大切なことだったから。