第3章 手遅れ
「金、貸してくれないか」
甚爾がそう言ったのは、紫苑の部屋で煙草をくゆらせているときだった。
「……いくら?」
紫苑は驚くほど冷静に問い返した。
彼が金を欲しがることは最初からわかっていたし、もともと彼に渡していた金額も少なくはない。
「10万」
甚爾はそう言って、スマホをいじる。
「何に使うの?」
「さあな」
「……そっか」
紫苑は財布を取り出し、無言で紙幣を取り出した。
「いいのか?」
「うん」
何も考えずに渡す。
甚爾は少し笑った。
「悪いな」
そう言いながら、紙幣を受け取る手には、何の遠慮もない。
紫苑は、それを見てふと考えた。
(……私、何やってるんだろ)
この関係は、最初から金と宿が絡むものだった。
甚爾は紫苑を客として扱ったことはない。でも、だからこそ「客として金を払う」よりもずっと自然に、彼に金を渡すようになっていた。
(ホストに貢ぐよりはマシ)
そう思っていたはずだった。
けれど、これは「貢ぐ」とは違う。
でも、それを認めてしまったら終わりだと思った。
「……次は、いつ来るの?」
紫苑は問いかけながら、自分の声が妙に軽かったことに気づく。
「さあな」
甚爾は金を財布に押し込みながら、また煙を吐き出した。
紫苑はその横顔を見ながら、ふと考える。
(次は、また連絡くれるのかな)
そう思った時点で、もう手遅れだった。