第2章 ワンナイトの翌朝
30分後。
紫苑の部屋のソファには、甚爾が静かに座っていた。お互い、無言のまま時間が流れる。紫苑は自分だけグラスにワインを注ぎ、手に取る。彼の目線がわずかに気になるが、敢えて何も言わずにそのまま差し出した。
「飲む?」
「仕事、疲れんだろ? ——俺にまで気を使わなくていい」
唐突に甚爾が言葉を投げかける。紫苑は少しだけ眉を上げ、視線を彼に向ける。彼が突然こんなことを言うなんて。
甚爾は少し首をかしげ、煙を吸い込んでから、わずかに唇をひらいた。
「無理してそうだな」
「無理くらいするわよ。仕事だもの」
その言葉には反論の余地がなかった。だが、
「……お前、すぐそうやって強がってるけど、本当は寂しいんじゃねえの?」
その一言が、胸に鋭く刺さった。紫苑はそのまま笑ってみせたが、その笑顔にはほんの少しの硬さがあった。
「何それ」
「いや、何となくな。お前、隠してることあるんじゃねぇかって」
その言葉がどうしようもなく、紫苑の心の奥底に届いていくのを感じた。彼の視線に引き寄せられるように、紫苑は思わず目をそらした。
「……もしそうだったら、どうするの?」
少しだけ挑戦的に答えたが、甚爾は即座に答えなかった。代わりに、静かなその間に、タバコを一息に吸い込む。その煙が、紫苑の周りに漂い、なぜか胸の中で温かな感覚を呼び覚ます。
甚爾は手を伸ばす。その指先が、紫苑の頬に触れた。指先が温かく、どこか彼の手が冷たい空気を切り裂くように感じる。
その感覚が、紫苑の中で止められなくなる。
(……ああ)
今、もう何も言う必要はない。彼の言葉に、そしてその温もりに流されていく自分がいる。強がっていたつもりだったのに、じわじわと弱さを見透かされている。まるで何もかもを手に取られているような気がして、心の中がふわふわと崩れていく。
その夜、再び彼と体を重ねた。紫苑は、あの無防備で孤独な瞬間を忘れようとしていた。しかし、再び彼の言葉とその存在が、紫苑の中で確固たる何かに変わっていく。
そして、最初はただの一夜の関係だったはずなのに、知らぬ間にそれが、少しずつ形を変え、紫苑をもその一部にしていくことに気づく。