第2章 ワンナイトの翌朝
そんな夜。
「起きてる?」
深夜2時。紫苑が店から帰りソファで寛いでいたとき、突然スマホが振動した。指先で画面を触り、見ると、そこには予期しない名前が表示されていた。
禪院甚爾。
最初、目を疑った。彼からの連絡が来るなんて思ってもみなかった。
――起きてる?
そのメッセージだけで、何かが胸を締め付けるような気がした。短い一文が、いつもと違う温度を持っているように感じられた。紫苑は画面をじっと見つめながら、心の中でぐるぐると考えが巡る。
(……本当に、これでいいの?)
迷っていた。すぐに返信するべきか、それともそのまま放置して、何事もなかったように過ごすべきか。
でも、なんだかそれができない自分がいた。少しだけ深呼吸をして、指が自然に動く。
「うん」
短い返事を打ち込んで、送信ボタンを押す。瞬時に、スマホが再び振動し、通知音が鳴る。
即座に電話がかかってきた。
「……もしもし?」
いつも通り、変わらない乾いた低い声が耳に届く。その声だけで、なぜか胸が少し緊張するのを感じた。
「おう」
短い返事だけが返ってくる。だが、その後に続く言葉が紫苑の胸に直接響いた。
「何?」
「ちょっと話したい」
――今?
「そっち行っていいか?」
その一言に、紫苑の心は一気に高鳴った。長い沈黙が続く。どうしても、彼をこのまま受け入れていいのか、頭の中で反応が一瞬遅れる。けれど、その時にはすでに答えが出ていた。
「……いいけど」
その一言が、まるで自分の意志ではないような気がして、ほんの少しだけ後悔が胸をかすめた。しかし、その返事を聞いた瞬間、電話の向こうで甚爾が短く言った。
「じゃあ、行く」
そして、通話が静かに切れた。
紫苑はスマホをテーブルに置き、少しだけ深くため息をついた。少しだけ後悔のようなものが残り、どうしようもなく不安定な気分だった。
(結局、私は何をしてるんだろう)
その疑問は、心の中で繰り返されるばかりで解決することはなかった。でも、それがどうでもよくなっている自分がいることを、紫苑は感じていた。もう遅い。彼が来ることは決まったのだから。