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【呪術廻戦・甚爾夢】胡蝶の夢【完結】

第2章 ワンナイトの翌朝


 それから数日、甚爾からの連絡は一切なかった。紫苑も、あえてこちらから連絡をすることはなかった。毎日のように忙しく、仕事の合間を縫って過ごしているうちに、彼のことは次第に薄れていった。といっても、完全に忘れるわけではない。

(まあ、こんなもんよね)

 何もなかったこと、ただ一夜を共にしただけだと心の中で言い聞かせる。未読無視を続けていた男が、わざわざ関係を続けるとも思えない。紫苑も、ただの一夜のことにいちいち執着するタイプではない。

 ——そう思っていた。

 …なのに、気づけば、彼のことを考える瞬間が増えていた。意識的にではなく、ふとした瞬間に彼が頭に浮かんでくるのだ。彼がどこにいるのか、どうしているのか、何をしているのかと。昨日のように優しかった彼の顔が、なぜかふとした瞬間に鮮明に思い出される。

(本当に、ただそれだけだったの?)

 彼のことを思い返すこと自体が、どうでもいいことだと思いながらも、どこか心の奥底ではそれが引っかかっている。何度も無理に忘れようとしたが、ふとした瞬間にその気配が蘇ってくるのだ。どうして、こんなにも気になるのか、紫苑自身にも分からない。ただ、ただ、気になる。

(もう二度と会わないなら、それでもいいけど)

 もう会うことはないだろう、そう思いたい。彼から連絡が来ることはないし、無理に会いたいとも思わない。ただ、なぜか、彼に対して未練を感じるような、そんな奇妙な感覚があった。

(……でも)

 その一言を思い出してしまう。頭の中に浮かんでくる言葉を、無理に振り払おうとする自分がいた。結局のところ、彼のことを忘れることができなかった。どこかで、彼がどうしているのかを気にかけている。

 指先が、無意識にスマホを触る。何をするわけでもなく、ただ手に取っただけで、ふと画面が目に入る。紫苑はそれをじっと見つめるだけで、何もすることはない。それでも、心の中で彼からのメッセージを待ち続けている自分がいる。

「……どうでもいいじゃない」

 自分を納得させるために、何度もその言葉を繰り返す。もうそろそろ、彼のことなんて忘れたほうがいい。彼に対して気を回すことは、意味がないことだと。だが、その度に、どこか心の中で引っかかる部分があった。そんな自分を、紫苑はどうすることもできなかった。
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