第2章 ワンナイトの翌朝
目を覚ますと、部屋の中は静まり返っていた。まだ酒の香りがほんのりと残っている。昨晩の余韻が、消えないうちに部屋に漂っているようだった。シーツの上で体を転がすと、冷たい感触が伝わってきた。熱が抜けたシーツは、どこか無機質で、昨日の出来事が嘘のように感じられる。
(……帰ったんだ)
時計を見ると、午前10時。紫苑は、どこかに彼の気配を探したが、何も感じることができなかった。昨夜、彼が帰った後の足音すらもなかったのだ。彼がいつ出て行ったのか、どうやって部屋を後にしたのか、まったく分からない。あの夜、彼が何を考えていたのか、考えすぎても無駄だろうと思ったが、どこか心の中でその答えを求めている自分がいた。
(……何それ)
突然の苛立ちが湧いてきた。微かな違和感が胸に広がる。普段なら気にしないようなことも、今は妙に気になって仕方がない。彼が帰ったのなら、それで良いはずだった。いつもなら、そのくらいで納得できるはずだ。だが、今はその後の「何も言わずに去った」という状況に、何かが引っかかっていた。彼が「帰る」と一言でも言って、軽く触れるように帰ったなら、何も感じることはなかっただろう。でも、目を覚ましたときに既に彼がいなかったという事実が、どうにも心の中でモヤモヤとした感情を呼び起こしている。
(……だったら、なんであんなに甘くしたんだろう)
その言葉がふと頭をよぎる。昨晩の彼の態度が、何かを思い出させる。彼はただの遊びだったはずなのに、妙に優しく、心地よい距離感で紫苑に接していた。拒まれることもなく、冷たくあしらわれることもなかった。普段のように荒々しくもなく、どこか優しさを感じる動きで、紫苑が断る隙を与えなかった。それが、逆に引っかかる。普段の彼なら、もう少し粗野であってもおかしくないはずなのに、昨晩の彼は、どこか別人のように思える。
「……何考えてんのよ」
紫苑は、思わず小さくため息をついた。無意識にスマホを手に取り、画面を確認するが、やはり未読のメッセージは一件もない。何も送ってこなかった。それが、逆に安心できるはずなのに、どこか物足りないような気がしてきた。
(別に、期待していたわけじゃないけど)
また、心の中で自分に言い聞かせる。彼とは、もう終わり。それだけのことだ。