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【呪術廻戦・甚爾夢】胡蝶の夢【完結】

第1章 出会い


 紫苑は手を止めた。

 指先がわずかに震える。

「……諦める?」

「そう」

 甚爾は絡め取った紫苑の髪をゆるくほどきながら、まるで何でもないことのように言った。

「お前、今めちゃくちゃ考えてんだろ。どうするか」

 紫苑はじっと彼の目を見た。

 甚爾の視線には、焦りも迷いもなかった。

 ただ、紫苑の反応を待つ目だった。

(待ってる……)

 自分が何を選ぶのか、彼はただ静かに見ているだけ。

 でも、それが逆に紫苑を追い詰めた。

 答えは、きっとずっと前から決まっていたのかもしれない。

 紫苑はゆっくりと視線をそらす。

「……知らない」

「そうか」

 その瞬間、甚爾の指が頬に触れた。

 ひどく軽い触れ方だった。

 試すように、確かめるように、指先が頬をなぞる。

 紫苑はそれを止めようとしなかった。

(……何やってるんだろ)

 心の中で何度もそう思った。

 やめるなら、今だ。

 突き放すなら、ここでできる。

 でも、指一本すら動かせなかった。

 甚爾の手が髪をすくい上げ、顎のラインをゆっくりとなぞる。

 紫苑は息を止めた。

 心臓の鼓動が、微かに速くなるのを感じる。

「……まだ考えてる?」

「……かもね」

 紫苑はぎこちなく答えた。

 甚爾は、そんな紫苑を見て、薄く笑う。

「じゃあ、もうちょい待つか」

 そう言いながら、ゆっくりと顔を寄せる。

 吐息が微かに耳元に触れた。

 紫苑は再び息を止める。

「……待つって、何を?」

 問いながら、自分の喉がひどく渇いていることに気づいた。

「お前の決心」

 甚爾の指が頬から首筋へとゆっくりと移動する。

(押しのければいい)

(ここで流れを断ち切ればいい)

 わかっているのに、体はまるで言うことを聞かなかった。

 彼の手のひらが、まるで紫苑を掌握するかのように肌を滑る。

 喉の奥が、熱い。

「……お前、もう決まってるだろ」

 囁くような声とともに、甚爾は徐に煙草の先を灰皿に押し付けた。

 ゆるく後ろ髪を掴み頭を固定されては、もう流れを変えられない。

 紫苑はそっと息を吐いた。

 そして、何も言わずに目を閉じた。
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