第3章 辛苦
2人で隊長室を出て歩いていると、2人の足音だけが廊下に響いている。
沈黙を破ったのは副隊長だった。
「何故僕を庇った。君からしたら僕は嫌な上官やろ?」
「確かに尻軽だと思われたり、愛情もなにもないあの行為は嫌でした。でも、保科副隊長を嫌だと思ったことは一度もありません。」
少し前を歩く彼は私の手を握ると自分の隣まで引っ張り、そのまま歩いていく。
隣を歩けということだろうか。
こんなこと言えるわけないんやけど言っていいか?と弱々しく問われたので、なんでも言ってくださいと返すと、握っていた手により一層力を込められる。
「他の男のとこ行かんで欲しい…。」
「え…?」
「僕ももう他の女抱いたりせぇへんから…。」
保科副隊長が誰とも付き合わず、ただ熱を吐き出す為だけに、同じ目的の人やそういうお店に行ったりしているのは知っていた。
日比野先輩たちと話しているのをたまたま聞いてしまった。
そんな話よくするなあと盗み聞きしていた。
ただ、何故彼が私にこんなことを言うのか理解出来ない。
「君も同じ気持ちなんやろ?僕は言わへんよ?君かて言わんのやから。」
お互いの気持ちはわかっているがお互い言わないのはきっと、私たちの仕事に関係があるだろう。
いつ死ぬかわからない。これ以上の関係になってはいけないと思っている。
2人でこれからのことを決めた。
絶対に気持ちを言葉にしない、本番はしない、どうしようもなくなった時はお互いの同意の上処理すること。
気持ちを言葉にしてしまえば、この関係に名前がついてしまう…。
「というか、こんな廊下でなに話してるんですかね。」
誰が聞いているかもわからない廊下でそんな話をしていたことを思い出し笑えてくる。
彼もそやなと言って笑った。
「そーしろーさん…。」
「なんや?美影。」
心臓が跳ねて顔を思いっきり上に向ける。昇天しそう。
私のその反応を見て彼は笑った。
好きな人に名前で呼ばれたらそりゃあ…こんな反応にもなってしまう。
名前で呼び合うのは勤務時間外だけだと念を押されてしまった。
確かに私もそのつもりだったけど、自信ない…。