第9章 少年は剣を取る(DMC4本編直前まで)
家の扉を開けると、静かな空気が迎えた。
窓の方を見やると、ビアンカが奥の窓際に立っていた。
腕の中にはネロ。
彼女は穏やかに揺れながら、息子を寝かしつけているようだった。
すでに、ネロはスヤスヤと寝息を立てているが、彼女はすぐにベッドには寝かせずもうしばらくそのまま抱いているつもりのようだった。
バージルはその光景を無言で見つめる。
静かだった。
あまりにも、静かすぎるほどに。
彼がこれまで歩んできた人生の中に、こんなにも穏やかな時間があっただろうか。
「……バージル?」
ビアンカが彼の帰宅に気づく。
彼女はそっとネロをベッドへ寝かせ、静かに毛布をかけた。
それから、足音を忍ばせて彼の隣へとやってくる。
「何をしている」
バージルは淡々と尋ねる。
ビアンカは小さく笑いながら、彼の手にそっと触れた。
バージルはわずかに眉をひそめたが、拒絶はしなかった。
それに安心したように、彼女はそっともたれかかる。
「……なんとなくさ」
小さな声だった。
「怖くなったんだ」
バージルは微かに視線を向ける。
ビアンカは遠くを見ながら静かに続けた。
「あんまりにも、今が幸せすぎて」
「……」
「アタシ、もしかして、死ぬ前の走馬灯を見てるんじゃないかって思った」
バージルは言葉を返さなかった。
だが、彼女の言葉の意味は痛いほどにわかる気がした。
この幸せが、あまりにも現実離れしているように感じること。
それを手に入れてしまったがゆえに、いつか突然失われるのではないかと怯えてしまうこと。
バージル自身、長らくそういうものとは無縁の人生を送ってきた。
だからこそ──
「……現実だ」
静かに、バージルは言った。
ビアンカは小さく目を見開く。
「……バージル?」
彼はまっすぐ前を見つめたまま、静かに言葉を紡ぐ。
「これは、現実だ」
「……」
「もし、これが妄想や走馬灯ならば──貴様がそれを終わらせなければいい」
ビアンカはしばらく彼の横顔を見つめ、それからふっと笑った。
「アンタらしいね」
「……そうか」
現実がどうであれ、今この瞬間だけは確かに存在している。
それだけで、十分だった。