第8章 少しずつ、家族に
バージルはふと気がついた。
いつの間にか、些細な物音に反応しなくなっていることに。
かつては、些細な気配の変化や音に即座に警戒し、刃を抜くことすらあったというのに。
だが今、彼は書を広げたまま、店の奥の椅子に腰を下ろしていた。
台所から聞こえてくる食器の触れ合う音、椅子を引く音、ネロがベビーベッドの中で身じろぐ気配。
ビアンカが鼻歌まじりに紅茶を淹れる音。
どれも、無意識のうちに耳へと届きながら、意識の底へと流れていく。
──これは、"警戒を解いた" ということだろうか。
バージルはページの上で手を止める。
この家で、彼が抜刀することはなくなっていた。
背後を取られようが、足音が近づこうが、何も反応しない。
むしろ、その音が聞こえていることが当たり前になっている。
「バージル、お茶いる?」
ビアンカの声に顔を上げると、彼女が紅茶の入ったカップを手にしていた。
彼は小さく息を吐き、頷く。
「……貰おう」
「はいよ」
ビアンカがカップを置く音が、静かな部屋に馴染む。
いつの間にか、彼はこの空間の"音"に慣れていた。
それは──彼がこの場所を"安息"と認識している証拠だった。