第8章 少しずつ、家族に
──安らぎの中で
扉を開けると、家の中は静かだった。
「ただいまー……って、あれ?」
ビアンカは買い物袋を抱えながら、リビングへと足を踏み入れる。
そこには、ソファに座るバージルの姿があった。
だが、いつものように静かにこちらへ視線を向けることも、気配を察して言葉を返すこともない。
──反応が、ない。
ビアンカは不思議に思いながら近づき、彼の顔を覗き込んだ。
そして、息をのむ。
彼は、器用にネロを抱いたまま、寝落ちしていた。
ネロも、父親の腕の中ですやすやと穏やかな寝息を立てている。
バージルはその小さな身体をしっかりと支えたまま、目を閉じていた。
信じられない光景だった。
バージルは、これまで孤独に生きてきた。
力を求め、常に危険の中を歩み、周囲の気配や殺気に敏感に生きてきたはずの男が──
今、完全に気を抜いて、穏やかに眠っている。
まるで、この場所が彼にとっての安らぎであるかのように。
「……」
ビアンカは、思わず口元を押さえた。
あまりにも、愛しい。
込み上げてくる感情を、抑えきれなかった。
涙が、滲む。
彼は、こんなにも安心しきっている。
きっと彼自身、気づいていない。
ここが、彼にとって帰る場所になっていることを。
静かに、ビアンカはソファの近くの椅子に腰を下ろす。
もう少しだけ、この幸せな寝顔を見ていたかった。