第8章 少しずつ、家族に
昼下がりの柔らかな陽射しが、リビングの窓から差し込んでいた。
バージルはソファに腰を下ろし、静かに目を閉じていた。
──かすかな音が聞こえる。
床を擦るような、小さな気配。
ゆっくりとまぶたを開くと、視界の端に銀色の髪が揺れるのが見えた。
ネロが這い寄ってきていた。
つい最近まで寝返りすらまともに打てなかったはずの息子が、今はよちよちと四つん這いで進んでいる。
その動きはまだおぼつかなく、時折バランスを崩しながらも、それでも確かに前へ進もうとしていた。
「……」
バージルは腕を組み、眉を寄せながらその様子を見つめた。
どうすればいい?
手を伸ばして抱き上げるべきなのか?
それとも、このまま見守るべきなのか?
まるで悪魔との戦闘のように慎重に判断しようとするが、答えは見つからない。
その間にも、ネロはまっすぐにバージルの方へと這ってくる。
床を這いずる小さな手、小刻みに揺れるふわふわの銀髪。
そして、バージルの足元までたどり着くと──
ぽすっ
小さな手が、彼のスネに触れた。
「……」
バージルは目を細めて見下ろす。
ネロは無邪気に笑っていた。
生まれたばかりの彼が、バージルの足に掴まろうとする。
この小さな存在が、自分を頼ろうとしている。
「……」
不思議な感覚だった。
これまで、誰かに寄りかかられることなどなかった。
彼は常に孤独だったし、力こそが唯一の拠り所だった。
だが──この子は、自分に手を伸ばしてくる。
何の疑いもなく、何の恐れもなく。
「……何をしている」
バージルは低く呟いた。
当然、ネロは答えない。ただ、キラキラとした瞳で父親を見上げ、また小さく笑った。
バージルは何とも言えない顔をしながら、そっと手を伸ばす。
これは、どうするべきなのか?